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富士山一周 [雑感]

 仕事絡みが一段落ついたので、車でぶらりと出掛けた。
今回目的地としたのは、身延山久遠寺。
景色の写真を撮れて、手頃な距離の場所ということで選んだ。
いいタイミングで、少し前に団子を紹介していた。

 愛鷹スマートICから東名高速に入る。
一旦富士ICで降り、新富士ICから新東名へ。
新清水ICで降り、国道52号を北上。

 身延山に着き、ロープウェーで山頂へ。
日蓮宗の何かがあったようで、平日なのに人が多かった。
その分ロープウェーが増発していたのはよかった。

 山頂の景色はやはり見事だ。
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 そして団子。
団子が湯葉、よもぎ、黒炭と三種類。
味付けも味噌、みたらし、黒蜜きなこと三種類。
悩んだ挙げ句、三つ食べた。
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湯葉をみたらし、よもぎを味噌、黒炭を黒蜜きなこにした。
黒炭に黒蜜きなこは色合い的に失敗したかな。
ま、美味しかったからいいか。

 次に向かったのは富士川クラフトパーク。
朝のテレビでバラが見頃だというので、行くことにした。
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 バラのジャムを使ったパフェも食べた。
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 まだ明るいので、次は忍野八海を目指した。
八つある池がそれぞれの顔を持ち、面白かった。
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一つは資料館の中にあり、工事中で入れなかった。
一応柵越しに見ることはできた。
中国人(韓国人かも)観光客がたくさんいて、大声で話すのがうるさかった。
最後の出口池は結構離れていたので、歩くのがキツかった。

 最後に清水町の花車で食事。
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ここは関西風に蒸さない鰻。
ここで食べて以来、関西風の方が好きになった。

 写真の整理をする際、トラブルが発生。
それはまた別の機会に。
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会社を辞めた [雑感]

 会社を辞めた。
直接的なきっかけは今年度の人事。
例えるなら、今まで一国の守護代だったのが、二国の守護に任命された。
尾張介だったのが尾張守兼三河守になったと言った方がいいかな。
事前の打診は一切なく、全社員への発表で初めて知らされた。

 抜擢・出世というのも確かにある。
だが、以前三河守にされた時、超パワハラ上司が総司令官だった。
そのために、追い詰められて適応障害になった。
それで翌年度は三河守を外してもらった。

 今の総司令官は別の人がやっている。
しかも直属の上司は結構頼りになる人だ。
だから大丈夫かと思ってやってみたのが間違いだった。
約二ヶ月で、以前の時より悪い症状になった。

 診断書と一緒に退職願を出した。
とりあえず一ヶ月の休職ということになった。
だが周囲の状況が悪化したので、再度願い出た。
なかなか受理されず、退職届で出し直そうとしていたら、ようやく受理された。

 数年前から仕事内容が変わったというのもあった。
これからは元々やっていた仕事内容をやっていく。
仕事だからいろいろあるとは思うが、がんばって行きたい。
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ナイトハイク [雑感]

 のんびりとDVD鑑賞をしていた。
この前見たのは「水曜どうでしょう」の「東京ウォーカー」。
大泉洋が選んだ東京の名所六箇所を歩いて訪れるというものだった。
計70kmの行程を二泊三日で行くというものだった。
番組中では例によって「無茶な企画」と言われていた。

 見ていて、中央大学の恒例行事「ナイトハイク」を思い出した。
後楽園キャンパスを出発し、多摩キャンパスまで夜通し歩くイベントだ。
5月後半くらいの実施だったと思う。

 その距離約50km。
夜8時くらいに出発し、到着は朝8時くらい。
所々で撮った写真は、疲労の色がだんだん濃くなっていた。
四年間の大学生活で、一度だけ参加した。
次の日試合の応援で、また電車で戻ったんだよな。
それがあったんで、この企画だけはあまり無茶ではない気がした。
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恐ろしいほどの忙しさ [雑感]

 3月に入って仕事が今までの優に5倍は忙しくなった。
仕事量だけでなく、内容もあまり得意ではない分野になった。
そうなる前の事前の打診等は一切なかった。

 気がついたらスマホの待ち受けのカレンダーが2月のままだった。
明日から4月。
今年度はあと11ヶ月ある…。
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インフルエンザ! [雑感]

 インフルエンザに罹ってしまった。
2006年以来の人生二度目だ。

 大晦日の夜くらいから喉は痛かった。
それが年明け2日くらいには熱っぽい感じがした。
4日から仕事だったので、3日はずっと寝て、4日に病院に行った。

 診察ついでに、インフルエンザの検査もしておこうかということになった。
念のためというよりは、行きがけの駄賃という感じだった。
それが反応が出てしまったのだ!

 年明けの仕事の準備をするはずが、出社すらできなくなった。
予防注射をしようと思っていたが、例の蕁麻疹の関係でできなかった。
まさにその隙を突かれた格好だ。

 しかしこれ、いつから仕事行けるんだ?
やっぱり5日間はダメなのか?
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2018年 [雑感]

 2018年、平成30年の年が明けた。
18年の出来事はあまりなかった。
1918年の米騒動・原敬内閣成立と718年の養老律令制定ぐらいだ。

 干支でいうと「戊戌」。
高野長英が「戊戌夢物語」を著した天保9(1838)年と同じだ。

 平成は31年までになった。
「応永」の35年を上回ることはできなかった。

 明治になって一世一元が定められるまでは、結構頻繁に改元していた。
だから35年も続いたというのは結構異例だ。
これには政治的な思惑が関係している。

 時の権力者・足利義満は、明徳からの改元に際し「洪徳」を推した。
義満が憧れていた明の洪武帝にあやかったものだ。
だが朝廷をこれを拒否し、「応永」とした。
理由は二つ。
一つ目は、明徳→洪徳となり、同じ字を使った時はよくないことが起きている。
二つ目は、「洪」は洪水につながる。
このことに腹を立てた義満が、自分の生存中は改元を認めなかった。

 義満は応永15年に死去し、実権は息子・義持に移った。
普通ならここで改元解禁となるはずだった。

 義満・義持の親子仲はかなり悪かった。
義満に煮え湯を飲ませた「応永」は、義持にとっては実に愉快だったに違いない。
結局義持死去まで改元されることはなかった。
足利親子の確執が生んだ長期年号だった訳だ。

 義持の死によってようやく改元が実現した。
新しい年号は「正長」。
改元早々大事件が起きた。
「日本開白以来、土民の蜂起之初めなり。」とされた正長の土一揆だ。
後花園天皇の即位もあり、正長はわずか2年で永享に改元する。
最長35年の次がわずか2年というのも極端な話だ。
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ショッカー首領時計 [雑感]

 「ショッカー首領時計」が届いた。
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時間毎に納谷悟朗氏の声で「○○時だ。~。」と言ってくれる。
「~。」の部分は時刻によって異なる。

「12時だ。我がショッカーの宿敵・仮面ライダーを倒すのだ。」
「1時だ。どうなっているゾル大佐。」
「2時だ。行け。」
「3時だ。ショッカーの世界征服計画は着々と進んでいる。」
「4時だ。まだか死神博士。」
「5時だ。行け。」
「6時だ。我がショッカーの力は無限なのだ。」
「7時だ。狼狽えるな地獄大使。」
「8時だ。行け。」
「9時だ。世界は我々ショッカーのものだ。」
「10時だ。行けショッカーの者どもよ。」
「11時だ。行け。」

いろいろあって面白い。


 「狼狽えるな地獄大使。」は狼狽えている地獄大使の姿に目に浮かぶようだ。
これはやっぱり地獄大使だよな。
ゾル大佐や死神博士はあまり狼狽えそうにない。
4時は午前は寝てるし午後はまだ帰宅していない。
だから死神博士はまだ一度も聴いていない。

 ショッカーなので、残念ながらブラック将軍は出て来ない。
地獄大使の時は首領のエンブレムが少し違うのだが、それには目を瞑ろう。

 難点といえば、音量調整が今イチなこと。
最大だと少し大きいが、少し絞ると結構小さくなる。
これさえよければパーフェクトなのだが。
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発疹 [雑感]

 肩が痛くて整形外科に行った。
最初は左肩だった。
右肩を洗おうとすると痛みが走る。
それが右肩にも出て来たので、行くことにした。
今まで市内の整形外科には3つ行った。
そのうち2つは非常に時間がかかるので避けた。
もう1つは通勤途中ではあるが、家から少し遠い。
今回は掛かりつけの内科で話が出たことがある所にした。
初めて行く所だ。

 診察の結果、頸椎に問題があるということだった。
注射と薬、そしてリハビリを行うことに。

 リハビリでは首の牽引の後、別の治療器具に案内された。
「これを痛いところに当ててください。」と言われた。
とりあえず当ててみたのだが、少し時間が経つとブザーが鳴る。
この後どうするのか、説明が全然なかったので戸惑った。
誰も反応してくれないので、最初の看護師の所に行って聞いた。
ここでちょっと不信感。
思えばこれで行くのを止めておけばよかった。

 翌々週の水曜日に行って、注射とリハビリを受けた。
その夜、ふと見ると体に発疹が。
風呂場で鏡を見ると、全身にできているではないか!

 翌朝病院に駆け込み、見てもらった。
注射をしてもらい、飲み薬を出してもらった。
翌日、全然治っていないので、再び病院へ。
また注射。
四度目の通院だが、注射も四度目。
最近の病院でこんなに注射するのは珍しいのではないか。
治らないようなら、皮膚科に行くように言われた。

 二時間経っても全然ダメなので、皮膚科に行った。
採血をし、塗り薬と飲み薬を出してもらった。
これが金曜日の話。

 火曜日に皮膚科で血液検査の結果と共に見てもらう。
発疹が治まるまでは肩の治療はお預けだ。
だが治まっても、行くのは別の整形外科だ。
顔もひどいので、マスクで誤魔化している。
大谷刑部の頭巾が欲しい。
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ネズミ [雑感]

 以前から天井裏でネズミの音が聞こえていた。
粘着シートを仕掛けるものの、なかなか捕らえられずにいた。

 先日風呂場の脱衣所で見かけた。
入口の風呂場の扉を閉め、粘着シートを仕掛けた。
だがこれも失敗。

 次に階段を降りる姿を見かけた。
階段の下に仕掛けようと、粘着シートを追加購入。
仕掛けたその日、納戸に入っていくのを見た。
納戸の扉を閉め、中に粘着シートを入れた。

 翌朝確認すると、見事に掛かっていた。
他にもいる可能性はあるものの、音は聞こえない。
このままもう出ないでくれるといいのだが。

高尾荘がファミマに [雑感]

 大学時代に四年間住んだのが「高尾荘」。
京王線高尾山口駅近くのアパートだ。
敷地内にA棟からC棟まであった。
自分のいたA棟は木造の六畳、C棟は鉄筋の六畳だった。
B棟は四畳半だったと思うが、鉄筋は木造かは忘れた。

 2014年9月にこの辺りを訪れた。
せっかくなので、高尾荘周辺を散策した。
建物は残っており、懐かしく感じた。
大家さんの家があったところはマンションになっていたが。
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 先日Googleマップを見ていたら、見覚えのないファミマが。
よく見ると、高尾荘があったところではないか!
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Google Earthでは更地の状態を見ることができた。
Googleマップのデータは2015年11月になっていた。
ということは、自分が行ってから1年くらいだ。
本当に最後の瞬間を見たことになる。
もっとたくさん写真撮っておけばよかったかな。
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